彼について。



彼の家は、とってもとっても、お金持ちです。
ちょっとやそっとではないくらいの、お金持ちです。
そんなお金持ちの彼の家は、プライベートビーチを持っています。
大きなコテージのある、泳ぎ放題のプライベートビーチです。

でも、彼には、友だちがいません。
フライベートビーチがあっても、一緒に遊ぶ友だちがいません。

いや、ホントは、彼は、
プライベートビーチよりは、「○○海水浴場」とか「○○ヶ浜」とか、
そんなところで泳いだりしてみたいのです。
テレビで見たりマンガで読んだりしたことのある、
ああいったところへ行って見たいのです。
けれど、友だちがいないので、
そういったところにも行けません。
両親に頼んでも、
「あんなところに行かなくても、ちゃんとウチにはビーチがあるでしょう?」
と相手にされません。

なので、彼は今年も、
ひとりぼっちでプライベートビーチに来ました。
お父さんは仕事で海外、お母さんは毎日エステとサマースクール。
だから、執事の栗林とプライベートビーチに来ました。
けれど、栗林は執事なので、やっぱり彼はつまらない。
キモチは、やっぱり、ひとりぼっち。

ビーチに着いたその日、
彼はビーチを見回して
思いました。
「なんだか、つまらないなぁ」

と、そのとき、ふと思いついたのです。
「そうだ!! ここに海の家を建てよう」

そうです。
焼そばやジュースが売っていたりする、
テレビで見たりマンガで見たことのある、
海の家です。

さっそく彼は、栗林に命じて、海の家を作らせました。
栗林はただちにあちらこちらに手配をして、
1日半で、ビーチの隅っこに、小さな海の家を完成させました。


さて、その次の日。
彼はもう朝からワクワクです。
今日からあのあこがれの、海の家のあるビーチで遊べるのです。

彼は気分を出す為に、
部屋でまず海水パンツを履きました。
そしてその上から普通のズボンを着てビーチへ出て行き、
海の家の陰でズボンをこっそり脱いで、
それから海へ走っていきました。

しばらく泳いだり、海に浮かんだりしているうちに、
ちょっとお腹が空いてきました。
さぁ、いよいよ、あこがれの海の家で焼そばです。
彼はワクワクしながら海からあがり、
ドキドキと砂浜を駈けながら海の家の前にやってきました。
海の家では栗林がスタンバイしてます。

彼はうれしさいっぱいで栗林に言いました。

「おっちゃーん、ちょーだい!!」

しかし、栗林は上品に答えました。

「はい、やきそばでございますね、おぼっちゃま」

彼は少し気分をこわされました。

彼「・・・・・」
栗「ど、どうされましたか? おぼっちゃま」
彼「ちがうー!!」
栗「は?」
彼「おぼっちゃまって言うなぁー!!」
栗「はっ、あっ、申し訳ございませんっ。では何と・・」
彼「"おぅっ、にいちゃん、焼そばかいっ?"って言えっ!!」
栗「あぁ、そ、そう申されましても・・・」
彼「いいから言えーッ!」
栗「はっ、かしこまりましたっ。・・・お、おうっ、に、にいちゃん・・・・・・、
  も、も、申し訳ございません!!」
彼「あやまるなぁーっ!!」
栗「あ、申し訳ございません!!」
彼「あやまるなって言ってるだろぉっ!! ちゃんと言えーっ!!」
栗「は、はいっ。おうっ、に、にいちゃん、焼そばかいっ?(声、裏返る)」
彼「うん、焼そばちょーだい!」
栗「はっ、かこまりました」
彼「ちがうー!! "おぅっ、ちょっと待ってな"って言えーっ!!」
栗「はっ。おおおぅっ、ちょっ、ちょっと待ってな(声、裏返る)」
彼「うんっ」

ジュジュジューッ、栗林が焼そばを作り始めました。
彼も、すっかり機嫌が直り、ニコニコとしながら、
そばが作られていくのを見ていました。

しかし、なんだかヘンです。
家族にこっそり隠れて、3回ほど屋台で買って食べたことのある、
あの焼そばと、なんだか様子が違います。
そばにまじって、大きな具材が一緒に焼かれています。

彼「栗林! なんだ?! これは!」
栗「はっ、こちらは本日特別に取り寄せました、最高級国産黒豚でございます。
  そして、こちらは、お母さまが用意してくださりました伊勢海老でございます」
彼「・・・・・」
栗「ど、どうされましたか?」
彼「・・・・・」
栗「おほっちゃま?」
彼「ちがーうっ!!」
栗「は?」
彼「こんなんじゃなーい!!」
栗「はっ、申し訳ございませんっ!」
彼「あやまるなーっ!!」
栗「も、申し訳ございませんっ!!!」
彼「うーーっ、もういいっ!!」

すっかり気分を壊した彼は、海に向かって走って行きました。
その後ろ姿を見送りながら、
「お、おぼっちゃま・・・・・・」と栗林。

そして、
彼は波打ち際に座って、
すねて海を見ている、
そんな、

ひとりぼっちの、
彼なんです。